問題と解答
標本上の腫瘍細胞含有率(全細胞数に対する腫瘍細胞の割合)が5%以上あれば、遺伝子パネル検査で精度の高い結果が期待できる。答えはバツです。
遺伝子パネル検査について大事な2点
遺伝子パネル検査において、適切な検体を用意できるかは、よい固定(これには検体提出医の協力がとても大切です)と、よい検体のピックアップ(病理医の目にかかっています)の2点が重要です。
固定はとても大事です
固定は以前の記事でも触れている通り、とても重要です。特別な場合を除けば、病理医が、あるいは病理検査室で生検体を受け取ることは少ないです。検体採取をした医者が、よく固定されるようにたっぷりのホルマリンを使ったり、大きな検体ではあらかじめ割をいれたりといったちょっとした配慮をすることが肝心です。
・固定液は10%中性緩衝ホルマリンを、検体の10倍以上の量で用います。
・固定するまでの時間は早ければ早いほどよいのですが、3時間以内(ベストは1時間以内)の固定開始が望ましいです。手術中などで迅速に固定を開始できないときは、固定まで4℃での保管をします。固定開始後は室温です。
・過固定(固定のし過ぎ)や固定不良は避けなければいけません。推奨固定時間は、6-48(-72)時間です。固定後72時間を超過すると、核酸の断片化がすすみます。GWや年末年始などの大型連休はつらいですね。金曜日手術の、土日休みは許容されるわけですね。
・硬組織をゲノム検査に用いる場合は、EDTAによる脱灰をします。ギ酸などの酸脱灰は早いですが核酸の損傷が激しいです。EDTA脱灰は、時間がかかりますが、核酸の損傷を抑えられます。骨腫瘍などは仕方がないですが、同一症例でも、脱灰液の使い分けをすることで、あるいは硬組織を含まない腫瘍部で免疫染色やゲノム検査をするなどすれば、診断の遅延が起きにくいですね。
よい検体のピックアップ
ゲノム検査に適切な検体の選出について
よい固定が行われた前提で、ゲノム検査に適する検体は、当然ですが腫瘍が多く含まれているものです。HE染色での評価や免疫染色には腫瘍細胞の量がある程度あれば可能と思いますが、ゲノム検査には、「数と比率」が重要です。たとえば、癌細胞が多くあっても、炎症性細胞も多くあると癌細胞が「薄まって」しまい、ゲノム検査には不適になってしまいます。
また、数に関しては、核をみます。細胞質が豊富な癌細胞でも、核が1個なら1個としてカウントします。癌細胞が大きくて、かつ炎症や線維化などがあるときは要注意です。思った以上に腫瘍細胞含有率が低くなることがあります。
遺伝子パネル検査に適する検体の準備
現在承認されている遺伝子パネル検査は、Foundation One CDx, Foundation One Liquid CDx, NCCオンコパネル、Guardant 360 CDxがあります。うち、病理組織(パラフィンブロック)を用いるのはFoundation One CDxとNCCオンコパネルです。
以下、Foundation One CDxにおける検体準備について触れていきます。
腫瘍細胞含有率:20%以上(ベストは30%以上、腫瘍部マーキング後の含有率)
※肝細胞はDNA含有量が体細胞の2倍のため、検体が肝の場合はより高い腫瘍含有率が望ましいです。
スライド作製:HE標本1枚と、4-5μm厚の未染スライドを、マーキング部の合計体積が1 mm3となるように用意します。
表面積が25 mm2以上のとき:未染10枚
表面積が25 mm2未満のとき:1 mm3 となるように未染を用意する。
※表面積が1 mm2のとき:厚さ5μmで薄切した場合は、1 mm3/(1 mm2×5μmつまり0.005 mm) = 200枚の未染スライドを用意する必要があります。
※わたしと同じように計算の苦手な方へ:単位は無視して、1000/(表面積と厚さの積)の計算をすることで、用意する未染スライドの枚数がわかります。たとえば、表面積が10 mm2なら、1000/10×5 = 20枚です。計算しやすくなるように、厚さを5μmでお願いするのが吉と思います。
以上、小さな生検検体でも厚さがあって、何枚削っても組織像があまりかわらなければ遺伝子パネル検査を行うことができます。この、「何枚削っても組織像があまりかわらなければ」というのが意外に厄介です。組織像が変わることを期待して、深切り標本を日常業務でやっていることを思い出していただければと思います。遺伝子パネル検査に提出が求められているものではありませんが、未染スライドの枚数が多くなる場合は、数十枚ごとに確認用のHEを挟むと、望ましい検体が採取されているのかチェックができておすすめです。HE数枚切るくらいの厚さが、遺伝子パネル検査の成否を分ける状況はとても少ないように思います。何回かやってみて、何枚ごとにHEを挟むのがよさそうか、自分の感覚をつかむのが良いでしょう。個人的には、きりの良い数字で20や50枚ごととか、最初と最後でHEを作ってもらうことが多いです。もちろん、手術検体などで未染10枚で済むときはオーダーしていません。
(補足)DNA量:1細胞あたり6 pgで、Foundation Oneでは50 ngのDNAを必要とします。9,000個弱の細胞があれば、可能ということでしょう。
腫瘍細胞含有率が基準に満たないと?
本題の腫瘍細胞含有率について、遺伝子パネル検査の結果の解釈として、5%以上の頻度の変化 (変異アレル頻度=Variant of allele frequency (VAF))を有意とみます。具体例を見ていきましょう。たとえば、がん遺伝子の多くは対立遺伝子(2本あるうち)の一方の変化で十分です。そうすると、腫瘍細胞含有率10%でなにかのがん遺伝子の変異がある場合、その頻度 (VAF) は5%と出てきて、有意ではないとジャッジされる場合があります。このことから、腫瘍細胞含有率が10%未満では遺伝子の変化をとらえられない可能性があります。少なくとも10%以上が必要であり、余裕を持って、20% (30%) 以上とされていると思います。