115A65 早期胃癌か、進行胃癌か

問題文と選択肢

47歳の女性。食欲不振を主訴に来院した。2か月前から食欲が低下し、体重が3kg減少したため受診した。意識は清明。身長156cm、体重46kg。体温36.0℃。脈拍80/分。整。血圧128/72mmHg。眼瞼結膜と眼球結膜とに異常を認めない。頸部リンパ節を触知しない。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部は平坦、軟で、肝・脾を触知しない。血液所見:赤血球366万、Hb 11.9g/dL、Ht 35%、白血球3,600、血小板13万。血液生化学所見:総蛋白6.9g/dL、アルブミン3.7g/dL、総ビリルビン1.0mg/dL、AST 22U/L、ALT 14U/L、LD 180U/L(基準120~245)、ALP 204U/L(基準115~359)、γ-GT 35U/L(基準8~50)、尿素窒素10mg/dL、クレアチニン0.6mg/dL、血糖88mg/dL、Na 140mEq/L、K 4.0mEq/L、Cl 106mEq/L。便中Helicobacter Pylori抗原陽性。胸腹部CTで胃壁の肥厚を認める以外異常を認めない。上部消化管内視鏡像(A)及び生検組織のH-E染色標本(B)とを別に示す。まず行うべき対応として適切なのはどれか。

a 胃切除術

b 局所放射線照射

c 内視鏡的粘膜下層剥離術

d Helicobacter Pylori除菌療法

e 免疫チェックポイント阻害薬による治療

癌性潰瘍115A65

主訴とキーワード

主訴:食欲不振

キーワード:2か月前から食欲が低下し、体重が3kg減少した、便中Helicobacter Pylori抗原陽性、胸腹部CTで胃壁の肥厚を認める以外異常を認めない

良性潰瘍の内視鏡像

先に108G67、良性潰瘍(悪性でない胃潰瘍)として出題された内視鏡画像を見ていきましょう。潰瘍は円形で非潰瘍部との境界が明瞭、ひだの集中はありません。

本問題の内視鏡像

これと対比する形で問題の内視鏡画像を確認していきましょう。

矢印で見るように潰瘍の形は円形ではなくいびつです。潰瘍に上皮が入り込む、あるいは上皮に潰瘍が入り込むような形で、円形ではありません。

楕円で囲むように数本のひだが癒合しています。画像は二次元ですが、四角囲みの太まったひだと潰瘍の間は断崖絶壁のようです。癌性潰瘍と考えます。

(注意:良性潰瘍のふりをした悪性もあります。すべての潰瘍を肉眼所見で良性悪性にわけるのは危険です。悪性を考えたときは潰瘍の辺縁の上皮(黒矢印のところ)からの生検を、良性と考えたときは潰瘍が消失するまで経過を見ることをおすすめします)

胃癌疑いで生検。組織像の確認

続いて組織像をみていきます。四角囲みが既存の腺窩上皮です。核の大きさや、極性が保持されている(複数の細胞を見たときに、核が横一列にならんでいて、飛び出しがない)点を確認した上で、画像の中心にある病変を見ていきます。

矢印では、核が大きく細胞質の半分は占めています。また、核の形もいびつで丸くありません。まるで囲んだ細胞集団が印環細胞です。粘液に圧排されて、への字に核が変形しています。そんなに核は大きくないじゃないか!という声が聞こえてきそうです。

そんなときは(都合よく)別の所見を見ていきましょう。四角で囲んだ腺窩上皮のように、向きはあるでしょうか。仮に核を頭とすると、上下左右てんでばらばらな向きをしています。極性が消失しています。低分化腺癌+印環細胞癌です。

選択肢を見ていきます

さて、癌であることがわかりました。CTでは胃壁の肥厚をみとめるのみです。つまり病変が局所に限局している、手術が可能であることがわかりました。そうなると原則は切除です。

つまり、選択肢のd. 除菌は論外ですし、b, e. の放射線照射や薬物療法も最初の治療としては誤りです。内視鏡的に治療(ESD)するか、外科的に胃切除を行うかのどちらかになるでしょう。

(高ないし中)分化型の腺癌ではないし、潰瘍もあるからさすがにこれは深そうじゃん。粘膜下層剥離術で取り切れないからオペでしょと思った方はそれで正解ですので次にいきましょう。

ESDか、外科的切除か(早期胃癌か、進行胃癌か)

さて、気になった方は一緒に確認しましょう。胃癌の内視鏡治療に対するガイドライン(2版、2020年)がでています(胃癌に対する ESD/EMR ガイドライン)。

潰瘍を伴う未分化型癌(組織学的な低分化型腺癌のことを臨床的に未分化型癌と呼んでいるようです)はESDの絶対適応病変ではありません(国家試験的には、潰瘍を伴う印環細胞癌に対しては内視鏡治療をやらない)。ちなみに、前の版のガイドライン(2014年)では今回の病変は非治癒切除です。

現在のガイドラインでは、早期癌(深達度が粘膜下層まで)と判断した病変であれば、ESDの相対的適応です(ESDをしてもよい)。なので、改定後は、この病変が早期癌か進行癌か大きな分かれ目になります。胃透視をする、送気と脱気をして形態の変化を見る、超音波内視鏡をするなどでさらに所見を得ることができると思います。

もやもやした解説になってしまいましたが、過去問を過去に遡っていく過程で、ガイドラインの改定や疾患概念の変化などがあると、このような事態に度々遭遇します。しかしながら、ひだのふとまりや癒合は、粘膜下層あるいはそれより深部への浸潤を示唆する所見であることは覚えておいて良いでしょう。

ですので当時の正答はa. 胃切除術です。c. 内視鏡的粘膜下層剥離術は、2023年現在は許容されます。△でしょうか。

胃癌の生検診断に挑戦

さて、胃癌とくにpor, sigの生検診断に挑戦してみましょう。まずは対比のため、非腫瘍の胃生検も確認します。

胃底腺領域の胃粘膜(Group 1)

粘膜筋板まで採取された胃底腺領域の胃粘膜です。左下のscaleをみると、大きさは数mmですね。画像上が表層です。最表層には腺窩上皮がすこしあります。一番下には粘膜筋板があります。腺窩上皮と粘膜筋板までの間に、胃底腺があります。腺窩上皮と胃底腺の厚さの比をみると、およそ1:4です。萎縮が生じると胃底腺が薄くなってきます。粘膜筋板を含む標本で、壁構造をみることができる垂直に薄切された標本では、萎縮の程度をみることが可能です。

胃底腺領域の胃粘膜(Group 1)
胃底腺領域の胃粘膜、弱拡大

拡大を上げていきます。胃底腺にも、赤い細胞と青い細胞の大きく分けて2種類がみられます。前者が壁細胞、後者が主細胞です。ほか、副細胞や内分泌細胞も存在します。

もっと拡大を上げて壁細胞と主細胞をみていきましょう。

胃底腺の拡大

赤い細胞が壁細胞、赤くない(青みが強い、紫色の)細胞が主細胞です。粘膜筋板にちかいところ、腺底部では青い細胞(主細胞)が多く、表層に近いところでは赤い細胞(壁細胞)が多いのがおわかりと思います。個々の細胞は入り乱れているように見えても、拡大を下げて観察するとグラデーションがあって細胞の棲み分けがなされていることの予想がつくと思います。

胃底腺の拡大、主細胞と壁細胞

お待たせしました。今回の問題と同様の低分化腺癌の組織像をみていきましょう。強拡大から弱拡大に引いていって、病変を見ていきます。

組織像の観察は低倍率から高倍率が基本です。実際の生検診断も低倍率の観察が最初です。いきなり対物40倍のレンズで生検標本を眺めたりはしません(そもそもガラスの上の小さな標本をみつけられない)。

病理に興味のある方は、低倍率でも異常(なにかおかしい、に気がつけること。異常よりも異変とか違和感とでも言うべきでしょうか)が指摘できると、「ここがおかしいから倍率を上げて観察してみよう」とできるようになります。

異常とそうでないものの対比(あまり正常という言葉を使いたくないのですが、異常が分かるから正常が分かる、正常が分かるから異常が分かる)、診断できたあとの高倍率から低倍率へのフィードバックの繰り返しが病理医が育つカギの一つだと思っています。

ですから癌部は高倍率からお示ししていきます。対物40倍相当です。

印環細胞癌、低分化腺癌

試験問題と類似した組織像ですね。異型に乏しい腺窩上皮の下に、豊富な粘液とそれによる偏在核を有する印環細胞が多数あります。また、典型的な印環細胞とは言えない、腫大した核を有する異型細胞も確認できます。

印環細胞癌、低分化腺癌解説
低分化腺癌中拡大

拡大を下げました。対物20倍相当です。印環細胞や、不整な配列をなして増殖する異型細胞は確認できますね。既存の胃底腺は腺の「あな」から離れた場所に核が位置しているのに対し、不整な配列を示す領域では「あな」がはっきりしないこと、核の位置に一定のルール(正常ではあなから離れた位置に核がある)が見いだせないことなどが癌を支持する所見のひとつです。

低分化腺癌中拡大解説

どんどん倍率を下げていきます。次は対物10倍相当です。

低分化腺癌の弱拡大像

四角囲みが20倍相当で拡大したところです。

癌と診断した領域は、腺窩上皮と胃底腺の間のようです。その領域では、「腺」がありません。みっちりギチギチにつまっているような胃底腺がありません。その代わりに、癌があります。

低分化腺癌の弱拡大像解説

その異変をさらに低倍率でも確認しましょう。最後に、対物4倍相当です。

先程と同様、10倍相当で提示したところを囲みで示します。どこがおかしかったか、おわかりでしょうか。

実際の標本とは異なり一枚絵のため、低倍率で異変をつかむ感覚は伝わりにくいかもしれません。ご自身でも、癌と診断したあとに倍率を下げてどこがおかしかったのかみてみる練習をしてみることをおすすめします。記事を遡っていくと、倍率が上がっていきますので、行ったり来たりして低分化腺癌がどのようにみえるのかを味わってみてください。

また、国家試験で出てくる病理の画像は、対物20-40倍相当の、病変がクローズアップされた拡大写真が多いと思います。自分でも見てみたい!と思ったら、病理の講座を訪れて、胃癌のpor, sigの生検をみせてほしいとお願いするのもよいでしょう。

Take home messages

良性潰瘍、癌性潰瘍の典型的内視鏡像(肉眼像)を覚えよう

潰瘍を伴う胃癌疑いの適切な生検部位は、潰瘍近傍で非潰瘍部の上皮から

極性の有無を観察することは良悪の診断に役立つ

(発展)強拡大で診断したあとに弱拡大に戻していく過程で、次に弱拡大でみたときの異変に気がつくことができる