問題文と選択肢
B49の問題文
52歳の男性。腹部膨満感を主訴に来院した。
現病歴:3週前から腹部膨満感を自覚するようになった。食欲はあるがすぐに満腹を感じ、食事摂取量が減っている。腹痛や悪心はない。便通は毎日あり、便の性状は以前と変わっていない。1か月で体重が1kg減少した。
既往歴:特記すべきことはない。
生活歴:会社員で事務職。喫煙歴はない。飲酒は機会飲酒。
家族歴:父が高血圧症。母が糖尿病。
現 症:意識は清明。身長174cm、体重67kg。体温36.3℃。脈拍76/分、整。血圧124/78mmHg。呼吸数18/分。SpO2 98%(room air)。眼瞼結膜と眼球結膜に異常を認めない。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部はやや膨隆し、右肋骨弓下に肝を1cm、左肋骨弓下に脾を2cm触知する。臍左側に径8cmの弾性硬の無痛性腫瘤を触知し、可動性や呼吸性移動や拍動を認めない。両側頸部と鼠径部に径2~3cmのリンパ節を複数触知する。いずれも弾性硬で可動性があり、圧痛はない。下腿に浮腫を認めない。
検査所見:尿所見:蛋白(−)、潜血(−)。血液所見:赤血球452万、Hb 14.5g/dL、Ht 41%、白血球7,200(好中球68%、好酸球2%、好塩基球0%、単球4%、リンパ球26%)、血小板37万。血液生化学所見:総蛋白6.5g/dL、アルブミン4.0g/dL、総ビリルビン0.3mg/dL、AST 18U/L、ALT 16U/L、LD 765U/L(基準120~245)、ALP 221U/L(基準115~359)、γ-GT 28U/L(基準8~50)、尿素窒素32mg/dL、クレアチニン0.6mg/dL、血糖98mg/dL、CEA 3ng/mL(基準5以下)、CA19-9 12U/mL(基準37以下)。免疫血清学所見:CRP 0.1mg/dL、可溶性IL-2受容体5,920U/mL(基準157~474)。
B50の問題文と選択肢
胸腹部CTで後腹膜、縦隔などにも腫瘤を認めた。今後の治療方針を確定するために最も重要な検査はどれか。
a 腹部MRI
b FDG-PET
c 腹部血管造影検査
d 表在リンパ節からの組織診
e 後腹膜腫瘤からのCTガイド下穿刺吸引細胞診
主訴とキーワード
主訴:腹部膨満感
キーワード:食事摂取量が減っている、1か月で体重が1kg減少した、便通は毎日あり、便の性状は以前と変わっていない、肝を1cm、脾を2cm触知する、臍左側に径8cmの弾性硬の無痛性腫瘤を触知し、リンパ節を複数触知する、いずれも弾性硬で可動性があり、圧痛はない、可溶性IL-2受容体5,920U/mL、胸腹部CTで後腹膜、縦隔などにも腫瘤を認めた
まとめると
体重減少傾向にあるsIL2R高値の方です。肝脾腫、全身のリンパ節腫脹を伴い悪性リンパ腫を強く疑います。腫瘍の診断をするためには検体を採取する必要があります。
ですから、画像のたぐいである、a. 腹部MRI、b. FDG-PET、c. 腹部血管造影検査はいずれも誤りです。
腫瘍か否かの診断は病理の得意とする分野である
問題文にある、治療方針を決定する(治療する)ためには、どのような疾患であるか、つまり診断することが重要です。疾患のジャンルには、腫瘍、炎症(免疫の異常、感染症)、変性疾患、代謝異常、循環障害などがあります。病理の得意とする疾患のジャンルは、腫瘍です。
腫瘍を疑って生検(手術)された場合に、腫瘍か非腫瘍か、腫瘍であれば良性か悪性かの診断をします。生検で腫瘍(特に悪性)と診断された後の手術であれば、腫瘍の局所の広がり(大きさや深達度、病変は取り切れているか)、リンパ節転移の有無などを診断します。
病理診断を必要としない疾患も多い
一方で、診断に際して病理を必要としない疾患も多数あります。たとえば肝細胞癌の診断にはダイナミックCTや造影エコー、MRIが非常に有用です。典型的な肝細胞癌は生検による病理診断を必要としません。また、遠隔転移の検索には病理よりも画像診断が有用です(その病変が転移かどうかを検索するには病変を取ってくるのがよいですが)。ほか、遺伝性疾患であれば血液などで検査ができます。HCV, HBVなど感染症も病理以外の検体(血液など)で検索することが可能です。あるいは、複数の診療科が力を合わせることで診断可能な疾患もあります。
腫瘍、がん、癌、肉腫のそれぞれの意味
これら4つの言葉はいずれも意味が違います。英語で記載するとわかりやすいかもしれません。
腫瘍:tumor(上皮性・非上皮性を含む、良性・悪性も含む)
がん:malignant tumor (上皮性・非上皮性を含む、悪性のみ)
癌:cancer, carcinoma (上皮性悪性腫瘍)
肉腫:sarcoma (非上皮性悪性腫瘍)
そうすると、たとえば平滑筋肉腫はleiomyosarcomaで、筋肉(非上皮性)の悪性腫瘍です。平滑筋腫はleiomyomaで、筋肉の良性腫瘍です。腺腫は腺(上皮性)の良性腫瘍であり、腺癌は腺の悪性腫瘍です。
さて、長くなりましたが、残る選択肢のd, e. 表在リンパ節からの組織診と後腹膜腫瘤からのCTガイド下穿刺吸引細胞診のどちらをすべきか、みていきましょう。
細胞診と組織診の違い
117A64 膵腫瘤から検体を採取する方法で触れていますが、従来の細胞診は、基本的には採取した検体をガラスに塗りつけ染色した標本を観察し、形態から良性悪性を診断します。出来上がる標本は基本的には一枚ものですので、免疫染色などを行うことができません。
腫瘍の診断には免疫染色を必要とするものがあり、それができないのが細胞診のデメリットです。実際には、デメリットを補うためのliquid-based cytology (LBC) が普及しています。LBCでは、組織診のように複数の標本を作ることができるので、免疫染色や遺伝子の検索が可能です。今回のような、リンパ腫の診断には細胞診よりも組織診が望ましいでしょう。
ですので正答はd. 表在リンパ節からの組織診です。e. 後腹膜腫瘤からのCTガイド下穿刺吸引細胞診は細胞診なので誤りです。
悪性リンパ腫の診断には免疫染色が必須です
もはや免疫染色のみでは分類しきれない疾患も多いです。より厳密に腫瘍を分類するには、遺伝子の変化の検索が必須です、というのが実情です。
まず、ホジキンリンパ腫と非ホジキンリンパ腫の診断には形態が重要です。続いて、非ホジキン型悪性リンパ腫には、大きくB細胞性とT細胞性があります。診断だけでなく、治療選択にも免疫染色が重要です。
とても大雑把ですが、B細胞性では、CD20を発現していればその抗体薬であるリツキシマブを使うことができます。T細胞性では、CD30発現細胞があればその抗体薬であるブレンツキシマブベドチンを使うことができます。
悪性リンパ腫には数十種類もあり、それぞれで治療が異なります。数十の分類を可能にする免疫染色を行うことができる、生検あるいは手術による組織診は必須です。
表在リンパ節からの組織診で診断がつかなければ、後腹膜腫瘤からのCTガイド下穿刺組織診や腹腔鏡下生検なども考慮されるでしょう。大事なキーワードは、リンパ腫の診断には組織診>細胞診です。
Take home messages
腫瘍性病変を疑ったときに、病理診断は役に立つ
組織型の決定には、免疫染色(や遺伝子の検索)が必要になることがある
免疫染色には生検ないし手術検体(組織診による検索)が必要
細胞診でも免疫染色や遺伝子の検索は可能(医師国家試験としては発展的)