問題文と選択肢
64歳の男性。両側顎下部の腫脹を主訴に来院した。1年前から家人に両まぶたが腫れていると指摘されるようになった。2週前から両側顎下部に痛みを伴わない腫脹が出現し、腫れが持続するため受診した。体温36.5℃。脈拍64/分、整。血圧110/76mmHg。両側顎下部に径2cmの腫瘤を触知し、圧迫により唾液流出を認める。圧痛はない。咽頭、喉頭に腫瘤性病変を認めない。血液所見:赤血球445万、Hb 14.6g/dL、Ht 44%、白血球5,500、血小板27万。血液生化学所見:総蛋白7.8g/dL、アルブミン4.5g/dL、IgG 1,714mg/dL(基準960〜1,960)、IgA 274mg/dL(基準110~410)、IgM 55mg/dL(基準65~350)、IgG4 515mg/dL(基準4.8〜105)、総ビリルビン2.1mg/dL、AST 26U/L、ALT 35U/L、γ-GT 118U/L(基準8〜50)、アミラーゼ170 U/L(基準37〜160)、尿素窒素18mg/dL、クレアチニン1.0mg/dL、血糖124mg/dL、HbA1c 6.3%(基準4.6〜6.2)。免疫血清学所見:抗核抗体陰性、リウマトイド因子〈RF〉陰性、CH50 20U/mL(基準30〜40)、C3 38mg/dL(基準52〜112)、C4 8mg/dL(基準16〜51)。頸部造影CTを別に示す。右顎下腺生検病理組織では、著明なリンパ球、形質細胞の浸潤と線維化を認めた。免疫染色ではIgG4/IgG陽性細胞比50%、IgG4陽性形質細胞50/HPFであった。この患者で認める可能性が低い所見はどれか。
a 両側涙腺腫大
b 膵びまん性腫大
c 総胆管の壁肥厚
d 多発性骨融解像
e びまん性腎腫大
主訴とキーワード
主訴:両側顎下部の腫脹
キーワード:1年前からの両まぶたの腫脹、IgG4 515mg/dL、顎下腺生検病理組織では、著明なリンパ球、形質細胞の浸潤と線維化、免疫染色ではIgG4/IgG陽性細胞比50%、IgG4陽性形質細胞50/HPF
はじめに
唾液腺をおかすIgG4関連疾患です。ミクリッツ病とも呼ばれます。IgG4関連疾患は全身の諸臓器をおかします。唾液腺をおかす自己免疫性疾患として、シェーグレン症候群との鑑別が重要です。問題文では疾患名を想定するような濃厚なキーワードが複数散りばめられており、診断には苦慮しないと思います。IgG4陽性の形質細胞浸潤と線維化(臓器によっては目立たないこともある)が主体の組織像であり、それにより臓器が腫大ないし肥厚すると想像できたなら、d. 多発性骨融解像が仲間はずれであることに気がつけると思います。
さて、IgG4関連疾患の膵病変は、1型自己免疫性膵炎とも言われます(以下、単に自己免疫性膵炎とします)。自己免疫性膵炎は花筵状の線維化、閉塞性静脈炎、リンパ球や形質細胞優位の炎症性細胞浸潤と線維化が特徴的組織像です。画像ではびまん性膵腫大を呈しますが腫瘤を形成することがあります。腫瘤形成型の場合は癌との鑑別を要します。その鑑別は時に困難ですが、高IgG4血症は自己免疫性膵炎を示唆します。また、腫瘤に対しEUS-FNAにより組織を得ることで、癌かどうかの鑑別が一歩進みます。
癌が否定できず手術された自己免疫性膵炎の組織像を提示いたします。
画像左上にわずかに既存の膵組織があります。それを除いて、自己免疫性膵炎により腫瘤を形成しているように見えます。膵管を取り巻くように線維化と炎症性細胞浸潤が生じています(この拡大ではわかりませんので、拡大を上げて提示していきます)。斑状に紫色の領域があります。リンパ濾胞です。
閉塞性静脈炎や、花筵状の線維化が見られます。
閉塞性静脈炎をHE染色のみで見つけることは難しいですが、動脈の近傍に静脈がないのが、線維染色で確認してみようと疑うコツでしょうか。線維染色をすると、弾性線維の存在から静脈の存在がわかります。花筵状の線維化も、線維染色により明瞭化します。
これらの所見は自己免疫性膵炎に特徴的な所見ではありますが、特異的な所見ではありません。癌の随伴所見としてみられることがありますので、注意が必要です。
そうは言っても、国家試験や専門医試験でこの組織像がもし出てきたら自己免疫性膵炎でしょう。あるいは自己免疫性膵炎を疑ってIgG4などの免疫染色を確認する必要があると思います。
膵管上皮下にはリンパ球や形質細胞を主体とする慢性炎症性細胞浸潤が目立ちます。また、免疫染色をすると、IgG4陽性細胞が多く浸潤しているのがわかります。
以上の所見が自己免疫性膵炎に特徴的であり、自己免疫性膵炎に相当する組織所見の名称がlymphoplasmacytic sclerosing pancreatitis; LPSPです。
以下は発展的内容です
ですが先程の記載にもあったように、これらの所見は癌の随伴所見としても現れることがあります。ですから、大事なことは、癌との鑑別です。
術前に生検をしている場合は、標本中に癌がないことがとても重要です。しかしながら、自己免疫性膵炎では、炎症により上皮が癌のように見えることがあります。さて、自己免疫性膵炎で出現することがある、癌と間違いかねない上皮を見ていきます。
画面中央に変な形をした腺管があります。拡大を上げます。
画面中央上はランゲルハンス島です。その上下に歪な形状をした腺管があります。
つづいて癌と見比べていきましょう。上行が非腫瘍(自己免疫性膵炎の歪な腺管)、下行が腺癌です。スケールバーが小さく見にくいかもしれませんが、同じ列(上と下の画像)の拡大は同じです。
癌でも周囲に線維化が生じていることがわかると思います。線維化のみで自己免疫性膵炎だと飛びつかないようにしましょう。一見して、下にある癌の腺管がでかいというのはわかりやすいと思います。上の自己免疫性膵炎でみられる異型上皮(ただし癌でない)はAcinar-ductal metaplasia(ADM)と言われています。ADMはひょろひょろっとして儚く、一方で癌の腺管は大きくみえます。
右上のADMと左下の腺癌はちょうど2倍(1/2)の倍率です。それでだいたい同じくらいの大きさか、それでも癌腺管のほうがわずかに大きいかもしれません。腺癌の腺管がひとまわり(あるいはふたまわり)大きいと言えるでしょう。
生検標本では情報が限られており、ADMか腺癌か悩むことがあると思います。その際は腺管の大きさに注目するのが、一つの鑑別ポイントになると思います。
また、他の対策として深切り標本やstep cutを作成する(10-20μmごと、3-5枚のHEを作成する)ことや、Ki-67, p53の免疫染色をするのも有用です。浸潤性膵管癌のp53変異の頻度は高く、p53変異型の発現パターンであれば癌と自信を持って言えると思います。また、Ki-67の陽性細胞率も参考になるでしょう。
なお、生検標本でのIgG4の免疫染色は、EUS-FNAないしFNBで組織を削り取ってくる特性上、仮に自己免疫性膵炎であったとしても背景に強く染まってしまいその染色性の判断が困難になることがあります。
ガイドラインなど
日本膵臓学会に自己免疫性膵炎診療ガイドライン2020が掲載されています。今まで紹介してきたように、(膵癌疑いの臨床診断で提出された)手術材料で、「これは膵癌ではなく自己免疫性膵炎です」と診断をすることは病理医にとって(そこまで)難しいことではありません。
一方で、腫瘤を形成している自己免疫性膵炎の場合は、癌と自己免疫性膵炎とを臨床的に(術前に)鑑別するのは困難なことがあります。癌を疑って手術して、「癌じゃなくてよかったね」は確かに癌より良いのかもしれませんが、そもそも癌じゃなかったら手術自体が不要です。
実際は癌を見逃すリスク(仮に本物の膵癌だったら放置できない、しかも今なら病変が局所に限局していて手術が可能な状態)と天秤にかけているのであって、術前の生検診断が膵腫瘤全例において必須ではありません。ですから、「癌じゃなくてよかったね」はいま現在もあります。
そうはいっても、そのような事象を少しでも避けるために(あるいはより確からしい診断に近づくために)、炎症と癌とが鑑別に上がるような状況では、膵腫瘤に対してEUS-FNA (FNB) という生検が行われ、断片状の細長い検体(上部消化管内視鏡検査で胃壁を介して膵臓を穿刺する)が提出されます。その限られた検体で、良性か悪性かを診断することが求められています。
自己免疫性膵炎の生検診断を前提とした自己免疫性膵炎生検診断のための ガイダンス(案) が厚生労働省より提言されています。ですがこれは生検であり、病変部から組織が確実に採取されているかを証明するすべがないため、生検して癌がなかったときに、「その腫瘤が悪性ではない」とは言い切れないことなどの問題は残ります。EUS-FNA (FNB) により膵腫瘤に対する診断能が向上したと言えますが、残念ながら万全・万能ではありません。
Take home messages
IgG4関連疾患では、全身の臓器をおかす。IgG4陽性の形質細胞浸潤や線維化が目立つ。
1型自己免疫性膵炎では、上記に加え花筵状の線維化や閉塞性静脈炎が特徴的(特異的ではない)
以下は発展的
実際は、癌でも線維化や静脈の閉塞、さらにはIgG4陽性細胞の浸潤がみられることがあるため注意が必要
生検における癌との鑑別には、腺管の大きさに着目するのが良いのと、深切り標本あるいはstep sectionの作成、p53などの免疫染色が有用である