117A64 膵腫瘤から検体を採取する方法

問題文と選択肢

56歳の男性。膵腫瘍の精査のため来院した。人間ドックの腹部超音波検査で膵腫瘍を指摘され受診した。高血圧、糖尿病で自宅近くの診療所に通院中である。手術歴はない。身長165cm、体重60kg。体温36.3℃。脈拍72/分、整。血圧120/70mmHg。眼瞼結膜と眼球結膜とに異常を認めない。頸部リンパ節を触知しない。腹部は平坦、軟で、圧痛を認めない。腸雑音に異常を認めない。血液所見:赤血球508万、Hb 14.6g/dL、Ht 44%、白血球5,600、血小板32万。血液生化学所見:総蛋白7.5g/dL、アルブミン4.0g/dL、アミラーゼ168U/L(基準37~160)、尿素窒素22mg/dL、クレアチニン0.7mg/dL、総ビリルビン0.9mg/dL、AST 24U/L、ALT 28U/L、LD 172U/L(基準120~245)、ALP 112U/L(基準38~113)、γ-GT 48U/L(基準8~50)、HbA1c 6.2%(基準4.6~6.2)、CEA 4.8ng/mL(基準5以下)、CA19-9 87U/mL(基準37以下)。腹部造影CTで膵体部に径2cmの腫瘤とそれより尾側の膵管拡張を認めた。

この患者で膵腫瘍の精査のための病理検体採取が可能なのはどれか。2つ選べ。

a 超音波内視鏡検査

b 小腸バルーン内視鏡

c 下部消化管内視鏡検査

d 上部消化管内視鏡検査 e 内視鏡的逆行性胆管膵管造影〈ERCP〉

これを臨床問題にするのは中々ですね。問題を解く上では最後の一行がとても重要で、それ以外はあまり重要ではないと試験本番中に気がつけるかどうか、という能力(なんて名前の能力でしょうか)が問われていますね。 さて、そうではありますが主訴とキーワードを確認していきましょう

主訴とキーワード

主訴:なし(人間ドックの腹部超音波検査で膵腫瘍を指摘され受診した)

キーワード:CA19-9高値、膵体部腫瘤と腫瘤尾側の膵管拡張

膵腫瘍を考えたときの検体採取方法

現病歴からは膵悪性腫瘍、とくに浸潤性膵管癌(いわゆる通常の膵癌)が考えられます。膵腫瘍を考えたときの検体採取方法には、ERCP(endoscopic retrograde cholangiopancreatography, 内視鏡的逆行性胆管膵管造影)の手技の途中で膵液を採取したり、膵管にブラシを入れて擦り細胞を採取したりする方法があります。これらでは細胞診標本を作成できます。ほか、少し前にはEUS-FNA(C)という、細い針で穿刺し陰圧をかけて細胞診標本を得る、穿刺吸引細胞診が行われていました。細胞診の利点として、組織診と比べて患者負担が少ないというメリットがありますが(胆膵領域ではERCPしないと膵管にアプローチできないので、これを簡便ないし負担が少ないと言えるのかは疑問です。また、FNACでは細いとはいえ針を刺していました)、作製する細胞診標本は多くが一点ものです(つまり、免疫染色などができません※文末に補足しています)。

EUS-FNAからEUS-FNB へ

一方で、液体や擦り取る細胞診と比べて、特に膵臓では特殊な形状をした太めの針(リンクはBoston Scientific, AcquireTMを使い糸状の組織の塊を得ることができます(細胞診時代のEUS-FNAから改良されたので、EUS-FNBとも言われる。Bはbiopsy。)。患者負担は大きいかもしれませんが、組織を得ることが大きなメリットで、FFPE検体(パラフィンブロックに包埋された検体)を作ることができます。FFPE検体を数μmの厚さで何枚か薄く切り(薄切)、ほぼ同じ細胞に複数の染色を施すことができます。腫瘍細胞の割合が高く腫瘍量が多ければ、遺伝子の解析も可能です。患者負担は細胞診よりも大きいですが、細胞診標本の一点ものというデメリットを解消した手技といえるでしょう。HE染色に加え、PAS反応などを行い粘液の有無を確認したり、p53発現異常があるか、増殖能はどうか(Ki-67)をみたりなど、多角的に検討ができます。良性疾患の場合でも、IgG4関連疾患などでは、EVG染色やElastica-Masson染色などの線維染色を行い閉塞性静脈炎の有無を確認するとともに、IgG, IgG4の免疫染色を行い陽性細胞およびその比率を検討できます。

膵腫瘍へのアプローチ方法

さて、針を使い膵臓を穿刺して組織を得ることには触れましたが、肝心の膵臓へのアプローチはどのようにしたら良いのでしょうか。膵臓は後腹膜臓器で、背骨を横断するように位置する臓器です。

一般的には、経胃ないし経十二指腸的に膵臓を穿刺することが多いと思います(胃壁あるいは十二指腸壁を貫いて膵臓を刺す)。盲目的に刺すともちろん危ないですから、オリエンテーションを確認するため、先端部がエコーになっている超音波内視鏡を使って穿刺します。

正答を確認しましょう

以上から正解はa 超音波内視鏡検査とe 内視鏡的逆行性胆管膵管造影〈ERCP〉の2つを選べばよいわけですね。あとは小言ですが、超音波内視鏡でEUS-FNBないしFNAをするときには上部消化管内視鏡検査をしているのだから、d 上部消化管内視鏡検査も正解にしたいなあという思いもあります。でも、2つだけならa, eですね。また、膵臓へのアプローチに十二指腸より肛門側の腸管は関係がありませんので、b 小腸バルーン内視鏡とc 下部消化管内視鏡検査は明らかに誤りです。

Take home messages

穿刺針の発達で膵組織採取方法は劇的に進化した(EUS-FNAからFNBへ)

FNBでの膵臓へのアプローチは、超音波内視鏡下で多くは経胃的に行われる

細胞診検体でも免疫染色や遺伝子解析ができる時代になった

※細胞診標本でも、液状化細胞診(LBC)という技術を用いて組織と同じように免疫染色や遺伝子解析を積極的に行っている施設が多くあります。もしくは、胸腹水など体腔液中に腫瘍細胞があった場合、それを寒天やアルギン酸などで固化してパラフィンブロック検体を作り、組織と同じように薄切して複数の染色を行えるようにするセルブロック法も行っている施設はもっと多いと思います。番外で、作った標本から細胞を剥がして(転写法)免疫染色などをする、という剛腕な手法もあります。

医療の発達と健康寿命の延長で、亡くなるまでに複数のがんに罹患することは稀ではありません(病院で仕事をしているからかもしれません)。たとえば、大腸癌と肺癌の既往がある人の腹水中の腺癌は、どちらの癌でしょうか。肺癌だって腹水に出現しますし、大腸癌だって胸水に出ます。あるいは第三の癌の原発巣が見つかる前に、体腔液で発見されたかもしれません。そういったときに、免疫染色や遺伝子解析が役に立つ場合があります(免疫染色で原発巣が絶対わかる!わけではありません。原発巣検討に有用な免疫染色がいくつかあります、というのが実情です)