117D32 乳癌の治療方針決定のために必要な検査は、BRCA遺伝子検査の対象と目的は

問題文と選択肢

30歳の女性。右乳房のしこりを主訴に来院した。6か月前に右乳房外側上方にしこりを自覚した。2週間前に大きくなっていることに気付き、右の腋窩にもしこりを自覚したため受診した。最近めまいと頭痛を自覚している。乳がんの家族歴はない。乳房超音波検査で乳癌が疑われ、経皮的針生検を行ったところ、浸潤性乳管癌と診断された。

治療方針決定のために今後行う検査はどれか。3つ選べ。

a 頭部MRI

b 乳房造影MRI

c 腋窩リンパ管造影

d BRCA遺伝子検査

e 頸部・胸腹部造影CT

病理組織像もでてきませんが、正答率が低く、かつ遺伝性腫瘍についてはゲノム検査もありトピックスですので扱おうと思います。若年乳癌で選択肢にBRCA遺伝子検査があったから、まずこれを選んでしまった方が多いのではないでしょうか。一度基本に立ち返って、固形の悪性腫瘍(白血病・リンパ腫・多発性骨髄腫などを除く)の治療について確認しましょう。

乳癌(含む固形癌)の基本的治療方針について

原則として、病変が局所に限局していることがわかった場合は、その局所を切除して終了です(咽頭癌では早期の場合放射線照射をすることもありますが)。「局所に限局」は、領域リンパ節転移をしていてもOKです。

くどいですが、手術が可能な状況は「病変が局所に限局している場合」です。つまり遠隔転移がないことを確認しなければいけません。脳や肺に転移しているのに乳腺局所の切除をしてもなんの意味もないからです(たとえば、肺転移を伴う大腸癌でも、腫瘍により消化管通過障害が起きている場合は、通過障害を解除する目的で腫瘍を切除することはありえます)。

乳腺の場合は、病変の広がりなどにより、部分切除や全摘の大きく2種類の術式があります。加えて、リンパ節郭清をするかどうか、術中にセンチネルリンパ節生検を行い転移の有無を迅速診断で確認します。転移がなければリンパ節郭清をしません。2 mmを超える転移があれば郭清をします。

センチネルリンパ節の同定は、癌近傍の乳房に色素や放射線同位体を注入し、それらが流れ着くリンパ節を腋窩から見つける、というやり方で行われています。術前に明らかに腫大しているリンパ節が指摘され転移を濃厚に疑う場合は、穿刺吸引細胞診や針生検を行うことも可です。その際は、手術中にセンチネルリンパ節生検を省略し、いきなり腋窩リンパ節を行うと思います。リンパ管造影が紛らわしい選択肢で、選んでしまった方もいるかも知れません。

以上を考慮すると、手術できるか(遠隔転移がないか)を確認するために頭と頚部から腹部の画像検査をします。そして、病変が局所に限局している(転移がない)ことを確認したのち、切除範囲決定のために乳房の画像検査をするのだと思います。よって解答はa, b, e です。

補足(術前化学療法は?)

オプションとして、術前化学療法を行う場合もあります。トリプルネガティブ乳がんや、HER2陽性乳癌で行われる場合が多いです。

ですから、針生検検体の免疫染色(ER, PgR, HER2, Ki-67)を確認するという選択肢が出てきても許容されそうです。

BRCA遺伝子検査とHBOC

さて、若年女性の乳癌だからBRCA遺伝子検査もするでしょ、とお思いの方も多いでしょう。BRCA遺伝子検査の適応を確認していきましょう。

HBOC(hereditary breast and ovarian cancer; 遺伝性乳がん卵巣癌)かどうかのBRCA遺伝子検査対象は、下記のとおりです。HBOCかどうかを確認するためなのか、あるいは治療選択のための検査なのかの2パターンあるので、整理していきます。記載の内容はHBOC診療ガイドラインがweb上で確認できます。

1. HBOCかどうかの検査

 a. 下記の条件を満たす乳癌の方

 b. 45歳以下で乳癌になった女性

 c. 60歳以下でトリプルネガティブ乳癌になった女性

 d. 2箇所以上の乳癌になった女性

 e. 自身が乳癌と診断され、第3度近親者(いとこ)までの血縁者に乳癌ないし卵巣癌になった方がいる

※おじおば、祖父母、おいめい孫は第2度近親者)、親兄弟、子は第1度近親者(近親者に関する問題は分子病理専門医試験に出ます)

 f. 乳癌になった男性

 g. 卵巣癌、卵管癌、腹膜癌と診断された方

2. 治療選択のための検査

 a. HER2陰性の転移再発乳癌

 b. 進行卵巣癌(初発OK)

 c. 切除不能膵癌

 d. 転移性の去勢抵抗性前立腺癌

本例ではHBOCの検査対象です(乳癌の治療方針は変わりません)

以上を確認すると、2. 治療選択のための検査には該当しません。1. HBOCかどうかの検査対象には該当します。

えーじゃあやっぱりこれ不適切問題じゃないっすか。って声が聞こえてきそうですが、仮にHBOCであることがわかっても、この乳癌に対しては遠隔転移がなければ切除の基本方針は変わりません。

乳がん患者がHBOCだとわかったら次に何をするのか

BRCAの検査をして、HBOCであった場合に何ができるようになるかというと、「反対側」の乳房の切除です。BRCAの病的遺伝子変異が確認されると、乳癌卵巣癌が発生するハイリスク状態であることがわかります。ですから、反対側の乳房に癌が発生する前に予防的に切除することが可能となります。

あるいは、両側卵巣及び卵管を予防的に切除することが可能となります。癌が発生する前に、なので治療ではないのでしょう。切除するのも癌がある乳房ではなく反対の癌がない(と術前に予測される)乳房ですので。

出題の意図を読む

BRCA遺伝子変異の検査対象と、対象者がHBOCとわかったら行うアクションを十分理解しているか、を問うやや高難度の問題だったかもしれません。遺伝性腫瘍についての理解が不十分だと、かえって選択肢で悩んでしまったのが正答率の低さに反映されていると思いました。

問題を解くだけなら、固形癌の基本的治療方針である、「病変が局所に限局しているなら切除」を理解しているか、に尽きると思いますが、BRCA遺伝子検査が国家試験の選択肢に出てきたので、検査対象と次のアクションを整理しておきましょう。若年乳がん患者を診療した際に、患者からHBOCですか?と聞かれたときに検査対象かどうか、さらに、陽性だったらどうなるの?をある程度答えられるようになってね、という出題者からのメッセージだと思います。

前立腺癌発症前の男性HBOCだったら前立腺全摘をするのか?

※HBOCの男性であったとき、予防的膵臓全摘や予防的前立腺全摘は保険診療では2023年6月現在行われていません。前立腺についてはPSAサーベイランスが条件付きで推奨されています。偽陽性(PSAが高いだけで前立腺癌がない)の場合は生検が不利益になる(痛い、感染や出血など)ため無条件で推奨はされていないようです。膵臓は、第1度近親者に膵癌の家族歴があるBRCA病的バリアント保持者に対し、MRIや超音波内視鏡によるスクリーニングが考慮されるようです。

Take home messages

固形癌の基本的治療方針は、病変が局所に限局しているなら原則切除(放射線照射をすることもあります)

BRCA遺伝子検査の目的を自問しよう(治療なのか、予防なのか。HBOCだとわかると誰にどんなアクションができるのか)