問題文と選択肢
58歳の男性。貧血の精査のため来院した。3か月前から続く体重減少と腹部膨満感のため自宅近くの診療所を受診したところ、貧血を指摘され紹介受診した。胸骨右縁第2肋間を最強点とする収縮期雑音を聴取する。呼吸音に異常を認めない。左肋骨弓下に脾を5cm触知する。表在リンパ節を触知しない。血液所見:赤血球243万、Hb 7.8g/dL、Ht 25%、白血球13,900(骨髄芽球3%、前骨髄球3%、骨髄球6%、後骨髄球1%、桿状好中球3%、分葉好中球37%、好酸球14%、好塩基球13%、単球2%、リンパ球18%)、血小板8.0万。末梢血好中球BCR-ABL(FISH法)陰性、骨髄穿刺はdry tapであった。骨髄の生検組織のH-E染色標本(A)と鍍銀染色標本(B)を別に示す。この患者の末梢血でみられるのはどれか。
a 球状赤血球
b 破砕赤血球
c 標的赤血球
d 有棘赤血球
e 涙滴赤血球
主訴とキーワード
主訴:3か月前から続く体重減少と腹部膨満感
キーワード:貧血、脾腫、白血球13,900(骨髄芽球3%、前骨髄球3%、骨髄球6%、後骨髄球1%、桿状好中球3%、分葉好中球37%、好酸球14%、好塩基球13%、単球2%、リンパ球18%)←末梢血中に骨髄球や芽球が少量出現している:白赤芽球症、BCR-ABL(FISH法)陰性、骨髄穿刺はdry tap
骨髄線維症と涙滴赤血球
骨髄穿刺はdry tapのためできず、生検のみが行われています。銀染色を行っているということは、線維化が生じていると解釈して問題ありません。高度な線維化があるからこそ、骨髄穿刺ができなかったのだろうと推測もできます。HE染色標本を見ても、線維化によるひきつれを反映して流れ(streaming)がうかがえます。流れをなぞったら人の顔みたいになってしまいました。この症例のように、高度の線維化が生じていればHE染色標本でも推測ができますが、軽度の線維化の場合はHE染色ではわかりません(それはテストには出ませんが)。軽微な線維化も鋭敏に捉えられる染色が銀染色です。線維化の進んだ骨髄線維症では、涙滴赤血球が出現します(102D47)。
ほか、赤血球の形態と疾患の対応を整理しておきましょう。
赤血球の形態異常と疾患の対応
a. 球状赤血球症:遺伝性球状赤血球症、胆石と脾腫、感染症とくにリンゴ病(ヒトパルボウイルスB19)罹患時の貧血に留意
b. 破砕赤血球:DIC, TTP, HUS
c. 標的赤血球:サラセミア、鉄欠乏性貧血
d. 有棘赤血球:神経有棘赤血球症(有棘赤血球舞踏病、McLeod症候群)※選択肢としてはじめて出題されています。厚生労働省に疾患の概要あり、日本では100人程度のよう。
e. 涙滴赤血球:骨髄線維症
骨髄線維症の診断基準について
原発性骨髄線維症 (PMF) の診断に際して、WHO5版では線維化のステージで診断基準が異なります。成書をみていただくのがよいのですが、
大基準として(すべて満たす)
1. 巨核球の増数と核異型があること
2. ほかの増殖性疾患(本態性血小板血症 (ET)、真性多血症 (PV)、BCR-ABL1陽性CML、MDSや骨髄増殖性疾患)を除外する
3. JAK2, CALR, MPLなどの遺伝子変異があるorほかの遺伝子変異があるor反応性の骨髄線維症が除外できる(この除外が難しい)
小基準として(1個以上、連続で2回確認する)
1. 貧血(他の疾患によらない)
2. 白血球増加(1.1万/uL以上)
3. 脾腫
4. LDH高値
5. 白赤芽球症(末梢血中に幼弱な血球が出現する)があります。
骨髄増殖性疾患と遺伝子変異
大基準にある通り、ET, PV, PMFでは特定の遺伝子変異が見られることが多いです。変異によってはそれに対応する薬物もあるため、問われる機会もあるでしょう。国家試験では、108回あたりからちらほらと出題されています。
各疾患の変異の割合などは、骨髄線維症診療の参照ガイドに掲載されています。2023年7月現在は第6版、令和4年度版ですがそこそこ頻繁に改定されており、最新版が公開されていないか確認しましょう。
国家試験対策や非血液内科医であれば、とりあえずJAK2を、余裕があればCALR, MPLまで覚えておけば十分と思います。JAK2変異が起こる場所もhot spotがあり、多くはV617F(617番目のアミノ酸、バリンがフェニルアラニンに変化する)です。
PV(真性多血症): JAK2 V617Fが95%
ET(本態性血小板血症): JAK2 V617Fが50%, CALR変異が20%, MPL変異が2%
PMF(原発性骨髄線維症): JAK2 V617Fが50%, CALR変異が25%, MPL変異が3%
これらJAK2, CALR, MPLは造血サイトカインのシグナル伝達に関わる(変異が生じることで造血のスイッチが勝手に常にオン)ものです。JAK2変異があるから特定の疾患を意味するわけではないことに注意しましょう。
骨髄線維症には治療薬が存在する
JAK阻害薬として、ルキソリチニブが骨髄線維症と真性多血症に適応です。ちなみに、JAK2変異の有無によらず適応です。治療薬が存在する疾患なので、症状や検査所見からこの疾患の存在を疑い、検査を勧めていくのが重要です。しかも、JAK2を含む遺伝子変異の検査は末梢血でできます(MPN遺伝子変異解析、SRL)。
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涙滴赤血球は骨髄線維症の診断に際して診断的価値の高い所見である
高度の線維化をきたすと造血細胞の流れるような配列がみられる(streaming)
骨髄増殖性疾患(ET, PV, PMF)はJAK2, CALR, MPL遺伝子変異が頻繁に見られる