問題文と選択肢
32歳の男性。右陰嚢の腫大を主訴に来院した。3か月前から右陰嚢の無痛性腫大を自覚したため受診した。既往歴と家族歴に特記すべきことはない。身長170cm、体重69kg。体温36.1℃。脈拍72/分、整。血圧122/66mmHg。右精巣に硬結を触知し圧痛を認めない。血液所見:赤血球440万、Hb 13.7g/dL、Ht 42%、白血球6,000、血小板30万。血液生化学所見:LD 302U/L(基準124〜222)、hCG 0.1mIU/mL(基準0.7以下)、α-フェトプロテイン〈AFP〉5.2ng/mL(基準20以下)。陰嚢部超音波検査で右精巣に長径5cmの内部不均一な充実性腫瘤像を認める。胸腹部造影CTで最大径3cmの後腹膜リンパ節腫大を認める。まず行うべき対応はどれか。
a 経過観察
b 放射線治療
c 精巣の針生検
d 高位精巣摘除術
e 殺細胞性抗癌薬
主訴とキーワード
3か月前から右陰嚢の無痛性腫大、精巣に腫瘤、リンパ節腫大、LD微増、hCG, AFPは基準範囲内
解説
正答率は90%を超えており、これが合否を分ける問題ではありません。無痛性の腫瘤があるので、しかも転移を疑うようなリンパ節の腫大もあることから、何らかの精巣腫瘍であることは間違いないでしょう。ですからa. 経過観察はできません。そして、精巣腫瘍が何者かもわからないまま治療することはできません。つまり、診断ができていない段階で、b. 放射線治療やe. 殺細胞性抗癌薬を選ぶことはできません。なので、精巣腫瘍の組織を得るためには、c. 針生検をするか、d. 高位精巣摘除術をする必要があります。精巣腫瘍は生検が禁忌ですので、答えはd. 高位精巣摘除術です。
転移がなければStage Iです。Stage Iでは、腫瘍の病理学的な検討により、1.セミノーマか、非セミノーマかを調べ、2.非セミノーマであれば脈管侵襲の有無で術後の対応が異なります。術前の腫瘍マーカーの測定によりどのような組織型が含まれているか予測はつく(後述)と思いますが、精巣腫瘍には複数の組織型が混在する場合もあります。転移が明らかな場合を除いて、非セミノーマでは脈管侵襲の有無が術後の対応を左右するため、広く病変を見ることが重要だと理解できると思います。リンパ節転移があるⅡ期以降では、放射線照射や化学療法が選択されます(これもセミノーマ、非セミノーマで対応が異なります)。
精巣腫瘍の組織像
精巣腫瘍にも種類が様々あります。本例のように20-30代では胚細胞腫瘍が多く、50歳以上では悪性リンパ腫の頻度が高まります。診断が異なれば治療が異なりますので、そのことからも安易に治療を行うことはできません。代表的な精巣腫瘍をみていきましょう。
セミノーマ(seminoma)の組織像
Two-cell patternがあまりにも有名です。明るい細胞質を有する、結合性を示す異型細胞が増殖しています。非腫瘍性の小型のリンパ球を混じています。低倍率ではリンパ球の集族や、リンパ濾胞が見られる場合もあります。画像では中央部にリンパ球の集族、リンパ濾胞が見られます。
拡大を上げていきます。
線維化で区画されるように、腫瘍細胞が増殖しています。小型の単核細胞(紫のつぶつぶ)が混在しています。
さらに拡大していきます。
もう解説も不要かもしれませんが、対比してみてください。
悪性リンパ腫(malignant lymphoma)の組織像
50代以降の精巣腫瘍で最も多い腫瘍です。そのうちびまん性大細胞型B細胞性リンパ腫が最も多いです。
組織像は一様で、結合性の明らかでない異型細胞がびまん性に増殖しています。
B細胞性リンパ腫なのでCD20発現を示しています。
小型の非腫瘍のリンパ球を混じていますが、これをtwo-cell patternと見誤らないようにしましょう。
どれが小型の非腫瘍のリンパ球と一個一個見分けていくのは難しいです。セミノーマと比べられることが多いです。違いは認識できますか。
卵黄嚢腫瘍 (yolk sac tumor) の組織像
Schiller-Duval bodyがあまりにも有名ですが、出現頻度は高くありません。
微小嚢胞を含む大小の嚢胞が卵黄嚢腫瘍に気がつくコツだと思います。
嚢胞部分の拡大を上げます。
このスポンジのような微小嚢胞パターンが卵黄嚢腫瘍でよく見るパターンだと思います。
他の視野で拡大を上げると好酸性の赤い構造物も見えてきます。
網目状に配列する腫瘍細胞に張り付くように、好酸性の赤い構造物がみられます。
他の視野では、球状硝子体もみられます。
そうはいっても、CBTや進級試験によく出てくるのはSchiller-Duval bodyでしょう。
多く出現している視野の組織像です。目が合う?感覚は伝わりますでしょうか。
拡大を上げます。
血液を容れた血管を囲う二層の細胞、背の高い細胞と平らな細胞の二層がおわかりかと思います。
続いて別視野です。
こっちは血液の貯留が目立ちません。
胎児性癌 (embryonal carcinoma) の組織像
異型の目立つ細胞が網目状ないし管状構造をなして増殖する病変です。CD30発現を示すことで確認できます。
拡大を上げます。
絨毛癌 (choriocarcinoma) の組織像
hCG高値を示す腫瘤では、出血に注目してそこを標本にしましょう。出血中に病変が点在しています。
画像中央部や右上に病変があります。
拡大を上げます。
単核の細胞がシート状に増殖しており、その表層を覆うように多核の細胞がぺたぺたと付着しています。絨毛癌はこれら二種類の細胞からなる病変です。
単核の細胞は細胞性栄養膜細胞、多核の細胞が合胞性栄養膜細胞です。hCGは後者に発現しています。
番外 病期分類に腫瘍マーカーが用いられる
腫瘍のTNM分類には、腫瘍マーカーも用いられます。4段階に分けて、低い方から高い方へS0, S1, S2, S3としています。腫瘍マーカーは、LDH, hCG, AFPです。hCG高値は絨毛癌、AFP高値は卵黄嚢腫瘍の存在を疑います。実務では、これらのマーカーが異常に高いのに対応する腫瘍が見つからない場合は、免疫染色や追加切り出しを行います。
横道にそれて 生検禁忌の腫瘍、今昔
悪性黒色腫や腎腫瘍、そして今回の精巣腫瘍が生検禁忌の腫瘍としてよく言われていると思います。禁忌の理由として、播種や転移の可能性があるから、腎臓は体表から遠いのでコントロールできない出血が生じたときに重篤な転帰を招く可能性があるから、などが言われてきたと思います。実際、僕が国家試験を受けたときは悪性黒色腫の生検は禁忌でした。しかしながら、病理医として働くようになってから、パンチ生検の病理診断が悪性黒色腫だったということはままあります。その中には臨床診断が悪性黒色腫であり、生検をする前に十分疑っていた場合も含まれています。現状はどうなっているのでしょうか。
悪性黒色腫は生検禁忌なのか
皮膚悪性腫瘍取扱い規約第2版(2010年)が最新の取扱い規約です。切除生検(余白、マージン少なめの病変全摘除)や、取り切ることが困難な場合は部分生検も可とされています。日本皮膚科学会の皮膚科Q&Aでも、生検が禁忌ではないという記載があります。生検が転移を助長するという根拠は乏しいようです。医師国家試験において、109A3での出題を最後に、生検の是非について問う選択肢はありません(2024年末現在)。
腎腫瘍は生検禁忌なのか
腎癌取扱い規約第5版(2020年)が最新の取扱い規約です。焼灼術を行う場合や良性腫瘍疑いの場合、術前治療を行う場合などに、生検が行われうるとされています。たとえば、化学療法を術前にやりたいけれども腎盂癌なのか腎癌なのかわからないから生検しました、ということを日常診療において経験します。
精巣腫瘍は生検禁忌なのか
精巣腫瘍を疑った場合、診断と治療を兼ねて高位精巣摘除術(鼡径部から切開を加えて、精索を精巣、精巣上体、精索を切除する)を行います。遠隔転移疑いの病巣を生検するなど特殊な状況でない限り、精巣腫瘍の切除が行われます。おそらくですが、生検よりも高位精巣摘除術のほうが出血も少なく安全に行えるのではないでしょうか(生検のメリットが小で、デメリットが大)。
精巣腫瘍がある症例に精巣生検をする場合
精巣腫瘍症例において精巣生検を行う場合があるようです。腫瘍からの生検ではなく、精巣腫瘍の術中に対側精巣の生検をするようです。精巣腫瘍の頻度は10万人に1人とされていますが、精巣腫瘍を有するひとの対側精巣では腫瘍(Germ cell neoplasia in situ)の発生頻度が増しているようです。興味のある方は文献を参照ください(Contralateral Testicular Biopsy in Men with Testicular Cancer. Eur Urol Focus. 2024 May;10(3):370-372.)。
Take home messages
精巣腫瘍をみつけたら、高位精巣摘除術を行い診断的治療を行う
精巣腫瘍の生検は行わない
若年成人には胚細胞腫瘍が多く、高齢者には悪性リンパ腫が多い