高齢者の頭部暗赤色調の皮疹、診断と治療について

問題文と選択肢

症例は70代男性。頭部の暗赤色調の皮疹が拡大してきたため受診した。頭部の外傷歴はない。心房細動のため抗凝固薬を内服中である。

頭部の皮疹は長径およそ6 cmで辺縁は不整。隆起を伴い潰瘍形成が見られる。病変の境界は不明瞭で、衛星病変を散見する。両側頸部のリンパ節は腫大している。悪性腫瘍を疑い皮膚生検を行った。HE染色標本の組織像(1枚目:病変浅部、2枚目:病変深部その1、3枚目:病変深部その2)を示す。

1.診断はどれか。2.診断に際し有用な免疫組織化学はどれか。すべて選べ。3.治療方針決定のため、有用な検査はどれか。すべて選べ。

血管肉腫の組織像
血管肉腫の組織像
血管肉腫の組織像

選択肢

1. 診断

a. 有棘細胞癌

b. 基底細胞癌

c. 悪性黒色腫

d. 血管肉腫

e. カポジ肉腫

2. 免疫組織化学(発展的)

a. CD31

b. CD34

c. D2-40

d. FLI1

e. ERG

3. 治療方針決定のための検査

a. 頭部CTおよびMRI

b. 胸腹部CT

c. PET/CT

d. 腫瘍マーカー測定

e. ダーモスコピーで病変部を観察する

回答

1.診断:d. 血管肉腫

2.免疫組織化学:a-eのすべて(CD31, CD34, D2-40, FLI1, ERG)

3.治療方針決定のための検査:a-c(頭部CTおよびMRI、胸腹部CT、PET/CT)

解説

1.診断について

高齢者の頭部皮膚に生じた赤みを帯びた病変なので、問題を解くだけならd. 血管肉腫で正解である。

組織学的に、角層および表皮に所見がないため、表皮を病変の主座とするa. 有棘細胞癌、表皮基底側を病変の主座とするb. 基底細胞癌は否定的であろう。

病変が茶色くないのでc. 悪性黒色腫も(問題を解くうえでは)否定的である(茶色くない、黒くない悪性黒色腫もあるので、色の情報だけを頼りにするのは実務上危険である)。

よって、血管系腫瘍であるd. 血管肉腫とe. カポジ肉腫との鑑別を念頭に、組織像を見ていきたい。

2.免疫組織化学について:後述

3.治療方針決定のための検査:

a. 頭部CTおよびMRIで、病変が局所でどこまで進展しているか(骨破壊はないかなど)を見ることができるだろう。

b. 胸腹部CTやc. PET/CTで肺や肝臓、骨転移などの遠隔転移を検索できるだろう。

d. 血管肉腫に特徴的な腫瘍マーカーは今のところ無いと思う。

e. 病変部をダーモスコピーで観察することで疾患の絞り込みが可能だとは思うが、すでに病変部の生検をして血管肉腫という組織学的診断が得られているため、治療方針決定のための検査として有用ではないと思う。病変の切除範囲決定にも有用とは言えないだろう。

組織像

血管肉腫の組織像解説

角層と表皮に異型細胞がないので、有棘細胞癌(扁平上皮癌)や基底細胞癌は否定的である。真皮においてクロマチンの増加した(紫色の濃い)異型細胞が乳頭状に増殖している。病理組織像は平面で病変を見ているので、白い裂隙内(空白部分)ににょきにょきとせり出すように増殖しているように見える。白い裂隙を裏打ちする細胞も、乳頭状に増殖する異型細胞と同様の異型がみられる。

血管肉腫の組織像解説

より深部をみている。先程の異型細胞がひび割れ状の裂隙を作るように増殖している。

血管肉腫の組織像解説

深部病変の拡大を示す。異型細胞が不整な裂隙を形成している。裂隙内には赤血球を散見する。血管には似ても似つかないが、赤血球を容れる空隙という観点から、血管類似の構造と考えることができる。

定義、概念

血管肉腫(angiosarcoma)は、血管内皮細胞への分化を示す(≠血管内皮細胞に由来する)腫瘍細胞による悪性腫瘍である。頻度は全肉腫の1%未満とかなり稀である。多くは肺や骨、肝などに転移し予後不良である。発生部位や要因を考慮していくつかのグループに分けられる。

1.皮膚血管肉腫(本例がこれに該当する):高齢男性の頭皮に発生する。

2.リンパ浮腫を伴う血管肉腫:乳癌根治術として腋窩リンパ節郭清を行った症例に対して発生する。Stewart-Treves症候群とも呼ばれる。乳癌術後患者全体に対して頻度はとても低く、現在はとても少ない。術後10年くらいで発生する。

3.乳腺血管肉腫

4.軟部血管肉腫

5.放射線性血管肉腫:悪性腫瘍の治療として放射線照射をした領域に血管肉腫を生じることが知られている。乳癌に対して部分切除後に放射線照射を行った症例の、皮膚に血管肉腫が生じうる。頻度は低く0.1%程度である。照射から5年程度で発生すると言われている。

肉眼所見

血管肉腫、肉眼像(グーグル画像検索)

病変は赤色や紫色を呈する。外傷による紫斑と間違われることがある。また、肉眼的に色調の変化が見られない領域にも肉腫が及んでいることがしばしばあり、切除検体の断端に病変が露出していることも珍しくない。病変が局所にとどまっていても完全切除し難いのも、予後不良の一因であると考えられている。

免疫組織化学、遺伝子など

血管内皮細胞への分化を反映して、CD31, CD34発現が見られる。CD31の感度と特異度がともに優れている。リンパ管内皮細胞のマーカーであるD2-40も約半数の症例で発現が見られる(D2-40発現あり≠リンパ管肉腫)。FLI1, ERGは核に発現する血管内皮マーカーである。

リンパ浮腫を伴うものと放射線性の血管肉腫は、MYC遺伝子(遺伝子名は斜体で記載する)増幅が見られ、免疫組織化学的にもMYC発現(免疫組織化学ではタンパク質の発現を見ている)が亢進している。

治療

切除(マージンを十分 (1 cm以上) 取る)+放射線療法+化学療法

保険適応となっている第一選択薬はパクリタキセルである。

鑑別診断

血管への分化を考えるような形態が認識できて、悪性を考える細胞の異型が確認できれば血管肉腫の診断は可能である。そのような形態が確認できない場合、たとえば紡錘形細胞や未分化な細胞が主体の場合は、種々の肉腫や低分化な癌、上皮様形態を示しうる腫瘍など多様なものが鑑別に上がる。

選択肢では、Kaposi肉腫との鑑別が問題となる。Kaposi肉腫では、一般的に血管肉腫よりも異型に乏しい細胞が束状に配列し増殖する。また、HHV-8の感染を証明できればKaposi肉腫の可能性が一段と高まる。HHV-8の感染の証明は、免疫組織化学でも可能である。抗体名はLNA-1 (LANA1) などと呼ばれる。腫瘍細胞の核にそれが発現する。

Kaposi肉腫の組織像

Kaposi肉腫の組織像
Kaposi肉腫の組織像
Kaposi肉腫の組織像
Kaposi肉腫の組織像解説
Kaposi肉腫の組織像解説
Kaposi肉腫の組織像解説
Kaposi肉腫の免疫組織化学(免疫染色)、LANA1

Take home messages

・高齢者の頭部皮疹(暗赤色から紫色)をみたら血管肉腫を見逃さない

・赤血球を容れたスリット状の裂隙や、細胞質内に赤血球を容れた像など、血管腫に相当する形態を認識するのが診断に重要

・治療には集学的治療(原発巣切除と化学放射線療法)が行われるが、予後は不良である

・やや発展的だが、血管内皮マーカー(CD31, CD34, D2-40, FLI1, ERG)の発現が診断の確認に有用で、うちCD31が感度と特異度に優れている

ガイドライン

日本皮膚科学会による皮膚血管肉腫診療ガイドライン2021