115A37 ニューモシスチス肺炎の病理

問題文と選択肢

47歳の男性。乾性咳嗽を主訴に来院した。2週前から夜間の微熱があり、1週前から出現してきた乾性咳嗽が増悪したため受診した。1年半前に原発性骨髄線維症に対して同種造血幹細胞移植を受けた。体温36.4℃。脈拍88/分、整。血圧110/62mmHg。呼吸数20/分。心音と呼吸音とに異常を認めない。血液所見:赤血球319万、Hb 10.3g/dL、Ht 31%、網赤血球2.8%、白血球5,700(桿状核好中球3%、分葉核好中球80%、好酸球3%、好塩基球1%、単球8%、リンパ球5%)、血小板21万。血液生化学所見:IgG 480mg/dL(基準960~1,960)、IgA 21mg/dL(基準110~410)、IgM 28mg/dL(基準65~350)。CRP 3.2mg/dL。動脈血ガス分析(room air):pH 7.39、PaCO2 44Torr、PaO2 61Torr、HCO3- 25mEq/L。誘発喀痰のMay-Giemsa染色では栄養体を、Grocott染色では黒く染まるシストをそれぞれ検出した。胸部エックス線写真(A)及び胸部CT(B)を別に示す。検査所見として正しいのはどれか。

a KL-6正常

b 尿中抗原の陽性

c β-D-グルカン高値

d 喀痰培養検査で原因微生物を同定

e 2週間後のペア血清で抗体価4倍以上の上昇

主訴とキーワード

主訴:乾性咳嗽

キーワード:2週前から夜間の微熱、乾性咳嗽が増悪、移植を受けた、白血球5,700(~リンパ球5%)、誘発喀痰のMay-Giemsa染色では栄養体を、Grocott染色では黒く染まるシストをそれぞれ検出した

はじめに

骨髄移植後のリンパ球数が低値(5700の5%は約280)である方が、長引く乾性咳嗽を主訴に来院されました。免疫グロブリンは基準値を下回っています。血液ガスは低酸素血症ギリギリ、真菌を検出するGrocott染色でシストがみつかったと記載があります。

真菌症を想定して、cのβ-D-グルカン高値を選択すれば正解です。画像や選択肢を吟味していきましょう。典型例の病理像も提示します。

画像の確認

画像を確認していきましょう。

読影医ではないので詳細には触れませんが、レントゲンでは肺野全体がうすらぼんやりともやもやしているように見えます。それを反映するように、CTでも肺全体がぼんやりと白くなっています。血管陰影は残るぐらいの白さです。

すりガラス影と称される陰影で、間質の変化(炎症)を反映しているようです。すりガラス陰影については、コンソリデーションと対比する形でこちらの記事で触れられていました。

血液検査所見、リンパ球と免疫グロブリンが少ない

はじめにでも記載の通り、リンパ球数が280個と低値です。その原因はこの問題文中からはわかりかねますが、リンパ球のうちすべてがCD4陽性だとしても、AIDS指標疾患(厚生労働省)にあるような日和見感染症を発症しやすい状態にあるといえます。

選択肢の吟味

選択肢を見ていきます。

a. KL-6について:CTでみられたすりガラス陰影は間質の炎症を反映します。KL-6は間質性肺炎で上昇するので、正常は誤りです。

b. 尿中抗原で検索できる呼吸器疾患:肺炎球菌とレジオネラが検索できます。今回はこれらの疾患を想定していないので、誤りです。

c. 肺の日和見感染症で、Grocott染色で病原体を確認できていますので、肺の真菌症を想定しています。一般的に、真菌感染症でβ-D-glucanは上昇しますので、正答です。

d. さて、日和見感染症を考えたときの肺の真菌症は、基本的にニューモシスチス肺炎です。ニューモシスチス肺炎の原因菌は、Pneumocystis jiroveciiです。真菌ですが原虫的要素を持ち、培養ができません。dは誤りです。

e. ニューモシスチス肺炎の診断には、菌体を観察するかPCRなどの遺伝子検査を行います。検体は気管支肺胞洗浄液が最も望ましく、つぎに誘発喀痰(生理食塩水や高張食塩水を吸入したのちに出す喀痰)がよいです。自然に排出される喀痰では検出率が低く偽陰性が問題となるようです。

ニューモシスチス肺炎の組織像

いよいよ本題です。病理専門医試験でも出題されることのある疾患です。典型例といえるような写真を提示していきますのでご確認ください。

HE染色ではニューモシスチスの菌体を確認することは困難です。担癌患者や免疫抑制状態にある患者など、臨床情報の把握はとても重要です。

また、ニューモシスチス肺炎が起きている場合はDAD(diffuse alveolar damage, びまん性肺胞傷害)を起こしていることも多いので、肺胞上皮の腫大や剥離がみられ、肺胞腔内がもやもやしている場合には、ニューモシスチス肺炎やサイトメガロウイルス肺炎などを積極的に疑い、Grocott染色やCMVの免疫染色を行うことが肝要だと思います。

形態的に肺胞上皮の剥離や肺胞腔内の硝子膜形成がみられることからも、画像的に間質性肺炎の様相を呈することやA-aDO2の開大、拡散障害を伴うことは説明が付きそうです。

前置きが長くなりました。組織像を見ていきます。高度の免疫抑制状態でした。

びまん性肺胞傷害の組織像 Diffuse alveolar damage, DAD

中央の空隙は肺胞腔です。肺胞上皮は腫大し、肺胞腔内には泡沫細胞と、ほかにもやもやした構造があります。

びまん性肺胞傷害の組織像 Diffuse alveolar damage, DAD解説

CMV陽性細胞はありませんでした。続いてGrocott染色を見ていきましょう。

ニューモシスチス肺炎のGrocott染色 Pneumocystis jirovecii, Grocott stain

もやもやの一部で、黒い円形、半円形、三日月型の構造物が複数みられます。これが問題文の嚢子(シスト)です。栄養体は残念ながらGrocott染色では確認できません。別視野も提示します。

ニューモシスチス肺炎のGrocott染色 Pneumocystis jirovecii, Grocott stain

こっちのほうが三日月やヘルメット型というのが伝わりやすいかもしれません。Grocott染色は緑の背景に真菌が黒く見えるので、対物10倍くらいでも検索は可能と思います。次の写真が対物10倍相当です。

ニューモシスチス肺炎のGrocott染色 Pneumocystis jirovecii, Grocott stain

同一視野の、対物10倍相当のHEを提示します。

ニューモシスチス肺炎の病理組織HE弱拡大像

肺胞腔が汚くて(というか白く抜けた領域が少ない)、肺胞上皮の剥離が目立つのがわかりますが、これをみてニューモシスチス肺炎ですね!と言える名医はいないと思います。

ですが、肺胞腔内のもやもやをみて、「ニューモシスチス肺炎の可能性はどうか」と思えること、Grocott染色をしましょうと考えられることが、重要だと思います(サイトメガロウイルス肺炎、CMVの免疫染色もぜひセットで)。

ニューモシスチス肺炎の病理組織HE弱拡大像解説

なお、ニューモシスチス肺炎の治療はST合剤です。

Take home messages

担癌状態、移植後状態、免疫抑制状態、リンパ球数低値などのキーワードをみかけたら、日和見感染症を想起しよう

肺の日和見感染症の代表は、ニューモシスチス肺炎とCMV肺炎

Pneumocystis jiroveciiは真菌に分類される

HE染色でニューモシスチス肺炎の診断は難しい(日和見感染症を起こしうる場合やDADをみたら積極的にGrocott染色やCMV染色を確認しよう)

補足 カンジダ肺炎は?

今回の問題では、肺の真菌症であることがわかれば、その鑑別(菌種まで問われること)は必要ありませんでした。Take home messagesにあるとおり、肺の日和見感染症の基本は、真菌ならニューモシスチス肺炎で、ウイルスならサイトメガロウイルス肺炎です。

つまりカンジダを考慮する必要はないわけですが、肺でカンジダが検出される場合はあります。しかしながら、ほかの病原体も検出されることと、カンジダに対する組織反応が乏しいことなどから、肺におけるカンジダの病的意義が乏しいと考えられています。カンジダが生えるくらい宿主の免疫応答が低下している、という理解がよいのかもしれません。