117D70  進行期にある高異型度漿液性癌の治療方針

問題文と選択肢

58歳の女性(2妊2産)。下腹部膨満感を主訴に来院した。3か月間に急激な腹囲増大と食欲低下を自覚した。44歳時に左乳癌の治療歴がある。51歳で閉経。母方のおばが卵巣癌のため死亡。身長154cm、体重44kg。体温36.8℃。脈拍76/分、整。血圧128/74mmHg。呼吸数24/分。腹部は膨隆し、上腹部に及ぶ弾性硬の腫瘤を触知した。内診で、両側付属器と子宮が一塊となり可動性不良な骨盤内腫瘤を触知し、Douglas窩と膀胱子宮窩にも各々腫瘤を触知した。直腸指診で平滑な直腸粘膜を触知した。血液所見:赤血球370万、Hb 10.8g/dL、Ht 32%、白血球8,800、血小板19万。血液生化学所見:総蛋白6.8g/dL、アルブミン3.3g/dL、総ビリルビン0.9mg/dL、AST 28U/L、ALT 40U/L、尿素窒素20mg/dL、クレアチニン0.8mg/dL、CEA 2.8ng/mL(基準5以下)、CA19-9 30U/mL(基準37以下)、CA125 1,280U/mL(基準35以下)。CRP 1.0mg/dL。骨盤部MRI T2強調水平断像(A)、矢状断像(B)及び腹部造影CT(C)を別に示す。審査腹腔鏡(腹腔鏡下試験切除術)で、腫瘍の播種病変との癒着により骨盤内臓器の同定はできず、腫瘍生検のみ施行した。病理診断の結果は高異型度漿液性癌であった。

次に行う治療として適切なのはどれか。

a 免疫療法

b 開腹手術

c 放射線療法

d 薬物による抗癌治療

e 内分泌(ホルモン)薬による治療

主訴とキーワード

主訴:下腹部膨満感、急激な腹囲増大と食欲低下

キーワード:乳癌の既往歴と卵巣癌の家族歴44歳時に左乳癌の治療歴がある。母方のおばが卵巣癌のため死亡)、年齢(58歳、閉経後)、両側付属器と子宮が一塊となり骨盤内腫瘤を形成し、Douglas窩と膀胱子宮窩にも腫瘤を触知、審査腹腔鏡(腹腔鏡下試験切除術)で、腫瘍生検のみ施行、播種あり高異型度漿液性癌の診断

選択肢の確認

画像を見ていきます。審査腹腔鏡での所見に現れている通り、「大きな腫瘤が腹腔内にあって、そのオリエンテーションがわからない」というのが率直なところだと思います。画像解説は省略します。加えて、なにやら肝転移もありそうです。

診断は癌です。遠隔転移や播種を伴っており、局所にとどまらない癌ですので、bの開腹手術は選ばなくて良いと思います。病変を取り切ることが難しい(無理)可能性があると術前に判断していたからこそ、初回に組織を取りに行く(診断をつけるため)審査腹腔鏡を行ったのだとも言えるでしょう。

2023年7月18日現在の高異型度漿液性癌の標準治療は、婦人科腫瘍学会で2020年版の卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドラインがオンラインで公開されています。

治療はパクリタキセル+カルボプラチン(TC療法)です。Ⅲ, Ⅳ期ではベバシズマブを加えることもあるようです。ですから解答はdです。

ほかの治療法はどうか

卵巣癌、卵管癌、腹膜癌であれば初回化学療法後の維持治療としてPARP阻害薬を使える場合があります。また、固形がんであれば免疫療法を行える可能性もあります。それぞれの適応を確認していきましょう。

まずは既往歴や家族歴を見てみよう(HBOCの可能性はどうでしょうか)

既往歴や家族歴をみると、45歳以下で乳癌にかかっています。あるいは今回の高異型度漿液性癌は卵管癌になるかと思いますが(卵巣癌や腹膜癌であっても良いです。ここではそれらは同一のものとして扱います。卵巣癌の表現が多く出ると思います)、

本人の45歳以下での乳癌の既往卵巣癌、卵管癌、腹膜癌の現病歴はHBOCの検査の対象です。また、自身が乳癌で第2度近親者(おば)が卵巣癌に罹患しています。これもHBOC検査の対象です。

HBOCの検査(検体は血液)は必須ではありませんが、臨床歴からはBRCA1/2遺伝子変異の可能性が十分あります。ですから、遺伝カウンセリングを考慮するという選択肢であれば正答と思います。

HBOCであることがわかると、子や親戚のHBOCである可能性が高まります。同意を得ずに、あるいは遺伝カウンセリングへのアクセスが不十分な状況でやってはいけない検査です。検査に際して、婦人科腫瘍学会からも見解が述べられています。

HBOC検査の対象として、117D32でも触れていますので確認しておきましょう。また、BRCA1/2遺伝子変異の検査以外に、腫瘍のHRD検査もOKです。

高異型度漿液性癌とHRD検査(tBRCA, sBRCA, gBRCAの違い)

HRD検査(ミリアド社、myChoice診断システムという検査名):HRD陽性(homologous recombination deficiency, 相同組み換え修復欠損、遺伝子の損傷を直す経路の異常)であれば、PARP阻害薬のオラパリブが使用できます(適応は下記に記載しますが、初回治療にオラパリブは使えません)。

卵巣癌の約半分がHRD陽性です。検体は腫瘍を用います。問題文で記載のあった、腫瘍生検で得た組織がここで活きてきますね。卵巣癌の約半数がHRDです。

HRDありの状態は、生殖細胞系列のBRCA1/2遺伝子変異(つまりHBOC)と、腫瘍細胞のみがBRCA1/2遺伝子変異を有する (これは遺伝しない) 状態とに分かれます。

いずれであってもオラパリブが使用できますが、myChoice診断システムでは、どちらの状態はわかりません。腫瘍組織の検査をtBRCA (tumor) と表記しています。

tBRCAの変異はgBRCA (germline, 腫瘍以外も変異あり、つまり生殖細胞系列の変異) とsBRCA (somatic, 腫瘍組織のみが変異あり) を内包しており、区別ができません。ですから、tBRCA変異ありのとき、germlineのBRCA検査に進むかどうかを考慮する必要があります。

TC療法とPARP阻害薬併用で得られる合成致死

オラパリブの機序としては、HRDの状態のときに、DNA損傷を引き起こすTC療法とともにDNA修復阻害薬であるPARP阻害薬を使用すると、TC療法で傷ついた遺伝子を修復できずがん細胞が死滅する(TC療法が効くことが大前提です(プラチナ製剤感受性とも表記する))、という説明のようです(がん細胞の損傷遺伝子を修復する経路がHRD+PARP阻害でもう残っていない)。詳細はがっつり省いています。上記ミリアド社のFAQで解説あり。

同じくPARP阻害薬のニラパリブは、初回化学療法後の維持療法に際してBRCA変異ないしHRD状態の確認を必要としません

オラパリブとニラパリブの適応

オラパリブの適応(添付文書)

1. 白金系抗悪性腫瘍剤感受性の再発卵巣癌における維持療法(再発しないと使えない

2. BRCA遺伝子変異陽性の卵巣癌における初回化学療法後の維持療法

3. 相同組換え修復欠損を有する卵巣癌におけるベバシズマブ(遺伝子組換え)を含む初回化学療法後の維持療法

ニラパリブの適応(添付文書)1にBRCAや騒動組み換え修復の字がない

1. 卵巣癌における初回化学療法後の維持療法

2. 白金系抗悪性腫瘍剤感受性の再発卵巣癌における維持療法

3. 白金系抗悪性腫瘍剤感受性の相同組換え修復欠損を有する再発卵巣癌

がん免疫療法と遺伝子パネル検査について

ついで、癌腫横断的に(リンパ腫や白血病などを除く固形がんについて)、MSI検査を行いMSI-highあるいはdMMRであることが分かれば、PD-L1抗体であるペムブロリズマブが使用できます。

しかしながら、高異型度漿液性癌の場合はその割合はあまり高くありません。加えて、標準治療が終了見込みで生命予後が十分に見込める状況では、臨床試験への参加などを目的に、がん遺伝子パネル検査を行うこともあります。

Take home messages

播種や転移など、癌が局所に限局していない場合は、切除による根治は望めない

高異型度漿液性癌の標準治療は、パクリタキセル+カルボプラチン(TC療法)±ベバシズマブ

BRCA変異もしくはHRD陽性であれば、初回化学療法後にオラパリブによる維持療法が行える

ニラパリブによる維持療法の際は、BRCA変異もしくはHRD statusの確認を要しない(これに関しては国家試験の範囲を逸脱している可能性があります)