刺身の美味しい解凍法?~食材でのぞく病理の入口~と題してサイエンスアゴラ2026に出展してきました。出展レポートです

サイエンスアゴラとは

科学技術振興機構(JST)が主催する、科学技術と社会をつなぐ国内最大級のオープンフォーラムです。2006年に第一回がはじまり、2026年は9月12日、13日の2日間、東京お台場のテレコムセンタービルで開催されました(https://www.jst.go.jp/sis/scienceagora/2026/index.html)。速報値で4,971人が来場しました。会場には、大学や研究機関、企業、市民団体、学生などが出展する多彩な企画が並びます。小学生が一人で出展する企画もありました。扱うテーマも宇宙、環境、AI、医療など幅広く、見るだけでなく実際に体験し、出展者と対話ができることが特徴です。電気を使わずに「動く布」や、電気を流すと「色が変わるガラス」など、名前を聞いただけでは頭がハテナで埋め尽くされそうな最先端技術も、実物を見て試し、対話を重ねるうちにその仕組みが少しずつ見えてきます。

はじめて出展しました

「病理」という言葉を知ったのは、医学部に入ってからでした。知らない職業を目指すことはできません。患者と直接会う機会がほとんどない病理は、社会に広く知られているとは言えません。ですが、細胞や組織を直接観察して違いを見出し、病気の成り立ちに思いをはせ、診断に至る過程はとても興味深いもので(あるとわたしは思いま)す。そんな病理を、多くのひとに自然に楽しく体験してもらいたいと思い、サイエンスアゴラに出展してきました。

ブース全景です。一ブースあたり3 m四方の空間で出展してきました。最初はパソコンなどを内向き(180度逆)にレイアウトしていましたが、今の写真の向きにするといいよ、と親切なお兄さんにアドバイスいただきました。感謝!

ブース全景です。一ブースあたり3 m四方の空間で出展してきました。最初はパソコンなどを内向き(180度逆)にレイアウトしていましたが、今の写真の向きにするといいよ、と親切なお兄さんにアドバイスいただきました。感謝!

つながーるのロゴ

技師がロゴをつくってくれました。マグロと顕微鏡をのぞく女性の線画です。ツナとガールでつながーる、マグロが病理の入口になった瞬間です(ロゴ入りのシール、マイクロファイバークロス、ウェットティッシュをノベルティとしてお配りしました。ロゴ入りTシャツを着て展示に臨みました。

出展内容紹介その1 マグロの美味しい解凍方法? ~食材でのぞく病理の入口~

まずはシール投票で、美味しいと思う解凍方法を予想してもらいました。選択肢は冷蔵庫でゆっくり解凍、水道水の流水(水には直接触れない)で解凍、電子レンジの解凍モードで急速解凍の3つです。2日間で119票いただきました。シール投票の結果は、流水解凍が50%強、冷蔵庫解凍が約40%、電子レンジ解凍が10%弱でした。ついでマグロの肉眼画像および顕微鏡標本画像(HE染色)を観察してもらい、美味しそうに見える刺身はどれか、どれがどの解凍方法かを予想してもらいました。実際の解凍方法を示し、組織像をともに観察して対話を重ねました。肉眼および顕微鏡観察における試料ごとの違いを見出し、その理由を考え、解凍方法を決めた一連の過程は、病理診断プロセスと類似していることを共有しました。マクロ写真、ミクロ写真解説パネルを見るたびに、「えー?!」という声が上がっていたのがとても印象的でした。

シール投票では流水解凍が多く、僅差で冷蔵庫解凍が続き、レンジ解凍はとても少なかった。

シール投票では流水解凍が多く、僅差で冷蔵庫解凍が続き、レンジ解凍はとても少なかった。

鮮やかな赤を示している冷蔵庫解凍を、生である(一番美味しそう)と考えた参加者が多かった。ミオグロビンが酸化されて鮮やかな赤を呈している可能性がある。酸化が進んでいない、すこし暗い色をしたものが生であった。電子レンジ解凍も、上手く行けば美味しいかもしれない。

鮮やかな赤を示している冷蔵庫解凍を、生である(一番美味しそう)と考えた参加者が多かった。ミオグロビンが酸化されて鮮やかな赤を呈している可能性がある。酸化が進んでいない、すこし暗い色をしたものが生であった。電子レンジ解凍も、上手く行けば美味しいかもしれない。

一旦凍結すると、筋肉の中に氷の結晶の抜け殻(白く抜ける)が形成される。生以外の解凍した3種には、いずれも筋肉内に白く抜けた不整形が確認できる。時間をかけて解凍した冷蔵庫が、筋肉が一番ぼろぼろですき間も広い。流水解凍は冷蔵庫解凍よりもダメージが少なそうだ。電子レンジ解凍で失敗して白っぽく変色した領域を顕微鏡で観察すると、ギュッとみちみちになっている。過熱による変性をみているのかもしれない。

一旦凍結すると、筋肉の中に氷の結晶の抜け殻(白く抜ける)が形成される。生以外の解凍した3種には、いずれも筋肉内に白く抜けた不整形が確認できる。時間をかけて解凍した冷蔵庫が、筋肉が一番ぼろぼろですき間も広い。流水解凍は冷蔵庫解凍よりもダメージが少なそうだ。電子レンジ解凍で失敗して白っぽく変色した領域を顕微鏡で観察すると、ギュッとみちみちになっている。過熱による変性をみているのかもしれない。

出展内容紹介その2 色々な食物の標本を見てみよう ~拡大すると、わからなくなる?!~

マグロの解凍実験では、肉眼の変化が一見して軽微にみえても、顕微鏡で観察すると違いがあることを体験してもらいました。今度は逆に、見た目で直感的に判断できるものを、闇雲に顕微鏡で拡大してもよくわからなくなることを体験してもらいました。具体的には、どっちがなめこ?と題して、なめことしめじの肉眼画像を示しました(下図A, B)。一目瞭然なものを、顕微鏡で拡大すると、軸の部分はどちらも竹の節のような糸状のもの(菌糸)が集まっており、なめこがどちらかはわかりません(下図C, D)。なめことしめじの特徴的な違いは、ヌメヌメの有無だと思います。ヌメヌメを可視化するAlcian blue-PAS重染色を行い、傘の表面を拡大して観察しました(下図E, F)。

ほかにはブロッコリーとカリフラワーの違い(標本作製過程で脱色されるため色を頼りに判断できない)、イカとタコの違い(吸盤だけを見て判別できるか)、などを提示しました。ものの観察には適する手法と部位を選択する必要があることが共有できたと思います。すでに肉眼で判別できているのに、あえて顕微鏡観察をする無駄とも言える行為は、驚きと笑いを生んでいたようです。

出展内容紹介その3 病理標本のもとになるFFPE標本を触ってみよう、病理診断に顕微鏡は不要?! ノートパソコンでバーチャルスライド観察体験

顕微鏡観察用の標本を作製するためには、FFPE標本を厚さ0.003 mmの厚さ(髪の毛の1/25!)に検体を薄く切る必要があります(インスタ動画にリンクしてます)。パラフィンに包埋された食材が何であるかを当ててもらったり、薄く切って標本にしたものをデジタルデータ化し、パソコンで観察してもらったりしました。

ノートパソコンのカーソルが小さく視認性が良くなかったようですが、一緒に出展してくれた臨床検査技師の力を借りてカーソルを大きくしてもらいました!マウスで体験してもらいましたが、次はゲームのコントローラーでやってもらうのも良いかもしれない。

標本を作るもとになるFFPEブロック。単に「ブロック」とも呼んでいる。ハツは心室のレベルで横断した。ブロッコリーは標本作製過程で脱色されてしまった。オクラの種は黒く変色した。酸化によるもの?

標本を作るもとになるFFPEブロック。単に「ブロック」とも呼んでいる。ハツは心室のレベルで横断した。ブロッコリーは標本作製過程で脱色されてしまった。オクラの種は黒く変色した。酸化によるもの?

出展内容紹介その4 深掘りコーナー ~病気の標本も見てみよう~

深い興味関心を示した来場者には、心筋疾患(マグロも心筋も筋肉です)や真菌疾患(玉ねぎの外皮の黒点の正体はカビです。わたしは土汚れだと思っていました)の病理を提示し、対話を重ねました。

玉ねぎの黒点の正体は、黒カビです

出展内容紹介その5 病理の仕事紹介(病理医、臨床検査技師、細胞検査士)

病理とは、医学や医療における病理の役割とは、をほとんど説明せずに病理を体験してもらったため、普段もマグロを見ているんですか?そんなことはないですよね?と笑いながら質問をされることが多くありました。我々が岩手県の病院から有志として出展しに来ていること、病理の役割や、臨床検査技師と医師とが共同して仕事をしていることなどを話し、なぜ我々がマグロの解凍方法について出展したのかを理解してもらえたような気がします。

来場者アンケート 65人の回答から見える傾向

アンケートを回答してくれるようなひとたちは、今回の出展に好意的な印象を抱いている人が多いと思われるので、そういう偏りを含んだものになってしまいます。アンケートの宿命とも言えますが、そういったバイアスがあるのは承知の上で、みていきましょう。

病理という言葉自体はそれなりに認知されているようですが、今回の出展で初めて聞いたというひともいました。

メイン企画であるマグロの観察体験が印象に残ったという方が多かったです。病理的な視点(形態から考えること、病理の視点で食べ物を観察すること)にも興味を持ってもらえたかもしれません。深掘り資料として用意した、ヒトの疾患(心筋および真菌)や病理の仕事紹介(臨床検査技師、細胞検査士、病理医の仕事)も関心を引いたようです。

既知の内容であった、とするひとはいませんでした。本企画の独自性がうかがえます。多くの方は驚いた、面白かったと回答してくれました。難しかったと回答された方は、同時に面白かったと回答してくれていました。

展示によって興味や関心が一定程度喚起され、再参加の意向も確認できました。

Q6, Q7では、自由記述で、印象に残ったこと、新しく知ったことや気づきがあれば教えて下さい、展示内容についての感想や、改善してほしいことがあれば教えてくださいとしました(以下抜粋)

・解凍方法によって繊維の状態が変わることを初めて知りました!マグロの刺身を買って実際に試してみたくなる内容で面白かったです!

・身近なもので本格的に病理を学べるのは良い試みだとおもいます。楽しかったです。

・レンジが一番美味しいかも!?

・身近なテーマだったので理解しやすかった

・病理そのものを少し知れた

・面白くて、新しい見解を得られた

・マグロの解凍方法別の組織に関する展示面白かったです!

・失敗したからといって、まずいかは分からないので。食べてみてください

・オクラがかわいい

・マグロという身近なコンテンツを入口にした展示は分かりやすかったです

・顕微鏡の現物が見たい

・マグロから病理を体験する流れが、最初はわからなかった

対話で得た学び・気づき

科学館の広報担当や、獣医をされている方、以前病理の技術を用いて研究をされていた方などから、こういう視点があったか!いやあ参りました!みたいなことを言われとっても嬉しくなり、元気をいただきました。病理を知らないひとに楽しく体験してもらう、という目標は、概ね達成できたと思われます。解凍条件から形態変化を考えるという病理診断体験は、少なくとも小学校高学年くらいからかなあと思いました。一方で、食材のFFPE標本の観察や、バーチャルスライド観察体験、なめことしめじの違い、は年令を問わず楽しんでもらっていた印象です。同じ食べ物でも異なる染色をすることで見え方が全く異なってくることが、興味を引いていたようでした。

「病理とはなにか」、「出展の目的はなにか」「我々が普段どこで何をしているのか」といったような、説明に該当するようなところをあまりに省いたおかげ(?)で、ところで皆さんはどうしてこんな事を?まさか普段からマグロを見ているわけではないでしょう?といった質問をいただくことが多く、そこから対話が非常に盛り上がりました。マグロと病理のつながりが最初は分からなかった、というご意見にもよく現れていました。対話を深めるうちに、手術の前には生検という病変の一部をつまんで診断をつけることが多いこと、病変を採取してくるのは病理医ではないこと、じゃあ生検する場所が病変からズレていたら…?みたいな話しにも至りました。

激アツ!出展者同士の交流

展示中にも出展者同士の交流をする機会がありましたし、初日の展示終了後に出展者同士の交流会がありました。ピッチトークという、30秒プレゼンをして、話をしたい!というひとたちと名刺交換をして、トークスタートです。サイエンスアゴラに参加しなければ絶対に会えないであろう、わたしもマグロの解凍方法で研究したことあります!というひともいました。アウトリーチで外部資金獲得をされている方もいました。

30秒でプレゼンなんて、何にも話せないじゃん、岩手から来たこと、病院ではたらいている病理医であること、病理診断とは?とかとか、いやあこれはわかってもらうのはムリだと思って、えいっ!とメイン企画展示のマクロ写真とミクロ写真を全面に。このひとたちと話してみたい!と興味を引くには十分なスライドだったと思いました。

ピッチトークスライド。30秒で何かを説明するのは難しいと思ったので、説明することをやめました。メイン企画で用いたマグロのマクロとミクロをばばーんと掲示。なんだこれはというどよめきを生んだと記憶しています。

ピッチトークスライド。30秒で何かを説明するのは難しいと思ったので、説明することをやめました。メイン企画で用いたマグロのマクロとミクロをばばーんと掲示。なんだこれはというどよめきを生んだと記憶しています。

サイエンスアゴラに出展して

病理を知ってもらうきっかけになればと思って出展しましたが、出展者として学びや発見がたくさんありました。3 m四方で対話型展示をするときに必要な物品、ご自由にお持ちくださいとか写真撮影自由ですって明示しておくと良いこと(この辺は小さな発見ですが)などなど。あと、同じような志を持つひと、サイエンスコミュニケーターやアウトリーチを試みる人たちからポジティブな意見をもらえたのがとても嬉しかったです。企画やイベントに参加するたびに、内容がどんどんブラッシュアップされてパワーアップしているのを自覚します。自主開催したいなあ(ぜひお問い合わせください!マグロを使った科学的思考の体験、斬新で面白いですよ!生活の役にも立ちますよ!)と思って色々模索しています。

これまでのあゆみ

【実施】

・いわてメディカルプログラム、病理体験ワークショップ(2025年8月8日開催)

岩手県内の高校生100人を対象に、マグロの美味しい解凍方法をワークショップ形式で考えてもらいました。

・2025年度の岩手医科大学医大祭において、ポスター展示を行いました(2025年11月)

出展レポート

【学術】

・Nishiya M, Yanagawa N. Pathology in the kitchen: A playful outreach with tuna sashimi. Med Educ. 2026;60(6):701-702. doi:10.1111/medu.70120

・第115回日本病理学会総会において、「サシミクロ―マグロを用いた病理診断体験と病理への早期接触機会の創出」を一般口演(医療安全・教育)として発表しました(2026年4月)

【その他】

・「サシミクロ」で商標登録(2025年9月4日登録)

サシミとミクロの造語です。病理の視点で食べ物を観察すること、をイメージしました。登録番号第6964896号 特許情報プラットフォームJ-PlatPat